安定なカルボアニオンの構造化学
カルボアニオンは,一般に高い反応性をもつ不安定な化学種で,シアン化物を除くとカルボアニオン含有塩を手に取ることは困難です。ところが(あまり驚くことではないかも知れませんが),超強酸性炭素酸は脱プロトン化に伴って極めて安定な [Tf2CR]‒ イオンを与え,このイオンを含む塩は容易に単離することができます。私たちは,こうした安定性の高いカルボアニオン含有塩を合成し,構造の解明を進めています。
極安定カルボアニオンに対する素朴な疑問の一つに,「この種のカルボアニオンが,どのように安定化されているのか?」という問いがあります。従来の定説では,スルホニル基による強い電子求引性誘起効果(‒ I 効果)がカルボアニオンの安定化の中心的な効果であるとされてきました。一方,私たちはカルボアニオン含有塩の分子構造からアニオン性炭素上の非共有電子対が近接した σ*S‒C(F3)軌道へと非局在化する「負の超共役」もまた重要な安定化要因になっていることを指摘しました。
極安定カルボアニオンの性質を活用したユニークな反応試薬や触媒の開発も進めてきました。例えば,アニリニウム塩 1 は,温和な酸触媒として利用することができます。[1] 特徴的なのは,イソクマリン類に対するケイ素エノラートの反応で,アニリニウム塩を触媒として用いることで初めて,付加生成物を収率良く得ることができるようになりました(通常は,Claisen縮合生成物を与えます)。[2]
2-フルオロピリジニウム塩 2 は,あまりに求電子性が大きく,取り扱いが困難であった gem-ビス(トリフリル)エチレン Tf2C=CH2 の発生試薬として開発したものです。[3,4] 既に広く利用されており,海外の化学者の中には,この試薬を Yanai's reagent と呼んでくれる方もいて光栄に感じています。
参考文献